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Travel for Taiwan

 台北の中心駅「台北車站(台北駅)」は日本からの旅行者なら必ず利用する駅です。この駅は、台北のターミナル駅となります。台鉄、高鐵(台湾新幹線)、MRT、各地へのバスがこの駅から出てます。今回は、台北駅です。

台北駅の乗り場(月台)
【高鐵(新幹線)】
■1A・1B
  下り・・・ 板橋、桃園、台中、左営方面
■2A・2B
  上り・・ 南港方面
【台鉄】
■3A・3B
 西部幹線(下り)・・・ 台中、高雄、屏東、枋寮方面
 東部幹線(直通上り)・・・ 樹林方面
■4A・4B
 西部幹線(上り)・・・ 松山、汐止、七堵、基隆方面
 東部幹線(直通下り)・・・ 宜蘭、花蓮、台東、高雄方面
【MRT】
■1
  淡水信義線(上り)・・・ 北投・淡水方面 *カラー:赤
■2
 淡水信義線(下り)・・・ 大安・象山方面 *カラー:赤
■3
板南線(上り)・・・ 市政府・南港展覧館方面 *カラー:青
■4
板南線(下り)・・・ 亜東医院・頂埔方面 *カラー:青



台北駅の建物は、かなり特徴的です。現在のような形になったのは、1989年です。
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また、最近では、駅前に日本統治時代のナローゲージの機関車の展示されるようになりました。少し小さめの機関車ですね。
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台北駅周辺。日本メーカーの看板がたくさんあります。キヤノンの看板のところに日本人がよく泊まるコスモスホテルがあります。
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MRT北門から見た台北駅。手前に見える紫をベースにした駅はMRT桃園線の台北駅になります。奥手にあるのが、台鉄台北駅です。同じ台北駅でも場所は、少し離れています。
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駅構内。構内は、非常に広々しています。
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屋根からは自然光が入ってきます。
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2階に微風広場というフードコートがあります。
微風台北車站ホームページ:http://www.breezecenter.com/floor_guide.htm?storeID=2
s_DSC00166台北駅
夜の台北駅。夜はライトアップされて非常に綺麗です。時間帯によって、色がかわります。
s_IMG_3379台北駅
s_IMG_3449台北駅
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台北駅は、利用するだけでなく、夜の駅も見てみると、昼間と違った雰囲気が味わえますよ!!




2017/11/20 00:00 便利な台湾旅行情報 TB(0) CM(1)

 台南は、鄭成功がオランダ人を退去させたゆかりの地です。また近代の台湾の開発が始まった地でもあります。そういった台南において、鄭成功にまつわる史跡や廟がたくさんあります。
 今回は、「延平郡王祠」という祠です。


史跡名:延平郡王祠

住所:台南市中正区開山路152號

参観時間:8:30-17:30

地図:





延平郡王祠とは?
鄭成功を祀る祠である。開山王廟とも呼ばれる。開山王廟とは、鄭成功が死去した後、オランダ軍から台湾を奪回・開拓して領土拡大した彼を偲ぶ人々によって称せられた。現在は、福州式の建築様式となっている。

延平郡王祠の歴史
1662年 鄭成功を慕う人々によって創建。「開山王廟」

1874年 牡丹社事件の防御に来台した沈葆楨の申請により、朝廷から台湾府城に祠を立てることが許可される。開山王廟を延平郡王祠と改名

1895年 日本統治後、鄭成功の忠君愛國の精神を宣揚し、日本人の血を引く鄭成功を掲げつつ、華夷思想を強調するために「開山神社」として改築

第二次世界大戦終了後 社殿は壊されすべて新しい建物に変えられた。

さて、史跡に行ってみます。
鄭成功石像。開山路を通るとその石像の白さと大きさにびっくりします。石像は、長さ8m、幅4m、高さ7m、重さ200tになります。材質は、泉州で最も有名な泉州白と呼ばれる花崗岩です。
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大門。独立した建物の入り口
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大門の横にある碑。府城史跡 開山王廟と書かれています。
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三川門の前にある碑坊。日本式の鳥居を改築した碑坊。上部には、国民党の青天白日旗があります。これは、日本統治時代の「開山神社」で増築された碑坊です。
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碑坊には、左右、上部にことばが刻まれています。
 右側には、「弧臣秉弧忠、五馬奔江、留汗青垂宇宙」を刻まれています。意味は、「独りで台湾を守って国家に尽くし、その忠心を後世に残す」です。
 左側には、「正人扶正義、七鯤拓土、莫将成敗論英雄」と、これは、「その正しさは、人々に好影響を与え七鯤を開拓した。明朝は、再興できずとも英雄の名を残す」という意味です。
 また横書きの「忠肝義膽」は、「忠を尽くし、正しい人物」という意味です。
 この刻印は、1947年に国防部長白崇禧が228事件で台湾を巡視した際に延平郡王祠を参拝した際の題字です。
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三川門から見た碑坊
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三川門。階段の脇に「奉旨祠典」の石碑があります。祠の建立と祭祀を許可する皇帝の命令が示されている。
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三川門の扁額。「前無古人」、鄭成功に対する後世の人々の尊敬の心が表されている。
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三川門をくぐると、正面に正殿があります。
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左側
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左側の部屋には、張萬禮の像があります。彼は福建省平和出身で、将軍として奉られています。剣を持ったデザインから「剣官」と呼ばれています。数々の功績を上げ、後提督まで昇進して安伯を統治しました。しかし、1658年に鄭成功に従って南京を攻めましたが、捕虜となり甘輝とともに自害しました。
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右側の部屋には、甘輝の像があります。彼は、福建省海澄出身で、小柄ながら戦いに長けていた。印を持った像のデザインから「印官」と呼ばれています。1655年、鄭成功が延平王となってから、左、右、前、後、中提督が伯爵とされていたが、彼は、中提督として尊敬されていた。1658年、鄭成功が北進したとき、先鋒として快進撃を続けた。しかし、翌年南京に進駐したとき、崇明総兵・梁化鳳の快進撃を受けて捕虜となり、南京総督により処刑された。
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鄭成功は、日本で誕生しました。彼の母親は田川マツという日本人です。彼の誕生の言い伝えによると、母親の田川マツが海辺を散歩しているとにわかに産気づき、家に帰ろうにも間に合わず、浜辺の巨大な岩陰で鄭成功を生んだといわれてます。その生まれた地の写真も展示してあります。
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次に、正殿です。
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正殿は、鄭成功が祀られています。
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正殿を横から見た写真
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後殿は、鄭成功の母親を祀る「太妃祀」があります。
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最後に金門島池の風景です。
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延平郡王祠は、日本語での説明文もありますので、鄭成功の歴史がよく理解できる祠です。台南に行ったら、鄭成功ですね。




2017/11/18 00:00 台湾・台南 TB(0) CM(0)
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